日本画家ー牧野伸英さん「生活の中に絵があるのではなく、絵の中に生活がある」
長野県小諸市で日本画家として活動する(有)牧野民芸店の牧野伸英さん。
今回はそんな牧野さんにインタビューをしてみました。
春の院展に初入選、以後19回入選(春季展賞1回、奨励賞2回、無鑑査2回)
秋の院展に初入選、以後18回入選
(奨励賞4回、無鑑査2回)
NHK文化センター町田教室にて日本画教室講師
静岡県下田市の上原美術館にて日本画教室講師を勤めている。
牧野伸英さんについて
ーー生まれはどこですか?
長野県の小諸市です。
ーー小中高時代はどんな子供でしたか?
基本的に社交的ではなく、何かを黙々と作っているのが好きなタイプで、よく絵を描いている子供でした。
高校生になってからは、宇宙戦艦ヤマトの漫画にとても影響を受けて高校生ぐらいからは本気で漫画家を目指していましたね。
漫画家を目指している中で、まずは美大に進学して漫画の勉強をしようと思ったのですが、当時美大は倍率が20倍以上あって、難易度はすごく高かったんです。最終的には現役では受からずに、1年間東京の予備校に通って絵の勉強をする浪人生活を経て多摩美術大学に合格することができました。
浪人生時代について
浪人生の時期は劣等感や不安なんかを感じることもありました。
周りは大学に進んでいるのに自分は何をしているんだろうという気持ちや、来年は美大に受かることができるのかという気持ちとかね。
大学生時代について
漫画家になる夢を高校時代に先生に相談したところ、
「漫画家になりたいのであれば、日本画を勉強するといいよ。」
と言うアドバイスを受けたので、大学は日本画のコースを選び、それについて勉強しました。
大学卒業後
大学卒業後も、絵を描く仕事を続けました。
一般企業と違う不安はありましたが、その当時はバブルの絶頂ということもあってなんとかなるだろうと思っていたので、
大学時代から続けていた絵画教室を続けたりしながら、絵描きを目指していました。
ーー周りの同級生はどうしていましたか?
周りは、いろいろでしたね。教員免許をとって教員になったり、企業にデザイナーとして就職するとか。
どんどん絵を描いている仲間は減っていきました。卒業した時点で絵を描き続ける人は3/1くらい、
5年経つとさらに半分、10年経つと数えるくらいしか残っていませんでした。
それだけ絵を描くことと生活が両立するのは難しいし、絵に情熱を向け続けるのも難しいです。
仕事について
ーー日本画家という職業について教えてください
日本画家として自分が描いた絵を買ってもらう際に、院展という公募展にどれだけ入選できているかはとても重要です。
デパートや画廊で絵を販売する際に、実際の作品の善し悪しだけで買っていただけることは稀で、公募展に入選したり受賞したりすることが自分への評価を高めることになり、高いお金を払って絵を買ってくださる方の満足感を満たすことにもつながります。
ーー今はどんな仕事をされていますか?
現在は、東京の町田と伊豆下田で絵画教室の講師をやっています。あとは絵の制作がメインですね。
ーー仕事は楽しいですか?
充実してますね。それは絵の制作だけでなく、実家の家業のインターネット販売の仕事も含めてです。
売るための試行錯誤を繰り返して上手く行ったときなんかはとても嬉しいです。
ーー休みはありますか?
以前、非常勤で学校の美術の教師をしていたときは、昼間仕事をして家に帰って夜中まで絵を描き、翌朝また仕事に行くことが当たり前でした。
特に自分で休みと決めて取ることはありません。
私の場合は生活の中で絵を描くのではなく、絵を描く中に生活があると言った感じなので。
ーー辛くありませんでしたか?
もちろん辛かったです(笑)。
でも好きなことをしているので体力的には辛くとも、精神的には充実していましたね。
自分の仕事が他人から求められているのはやりがいがあるものです。
牧野さんへの質問コーナー
ーー趣味はありますか?
たくさんあります。
オートバイ、プラモデル、登山、キャンプ、音楽も好きです。
ーー地元である小諸市にはどんな思いがありますか?
私はずっと神奈川に住んでいたんですが、数年前に地元である小諸に帰ってきました。
改めていい場所だなと感じます。ただ、小諸はあまり自分たちの良さを発信していないなと思ったんです。
もどかしさを感じて私自身はSNSなどで小諸のいいところを発信しています。
毎日一枚必ずスケッチすることを決めているという牧野さん。
ーースケッチにはどんな意味があるのでしょうか?
既に他界してしまっているのですが、私には絵の師匠がいました。
あるとき師匠が描いていたスケッチブックを見せてもらう機会がありました。
とてもたくさんのスケッチが残されていて、すごく忙しい人だったのに、見切れない量のスケッチが描いてあったんです。
きっと息をするように絵を描いていたんだなと思いました。
私もなぞって一日に一枚は必ず絵を描くようにしています。
絵描きは好きでその職業をやっている人が多いので、自然に上手くなっていくんですよ。
何故なら、絵を描いたら周りから賞賛されて、それが嬉しくてさらに絵を描く。
その過程の中で有名になっていくのであって、有名になるために好きでもないことをやるというよりかは、好きなことを突き詰めたらいつの間にか上手くなってしまったという人の方が多いんですよね。その過程でこういったスケッチを描くような無償の仕事は重要なのではと思っています。きっと師匠もそうだったのだと思います。
ーー何か変化はありましたか?
毎日スケッチしていると、その行為が自分と同一化してゆくように感じてきました。
それこそ、半日あるからスケッチしようではなくて、5分しかないけど
目の前にある光景を描きとめておこうとか、電車に乗っている車窓から見えた景色を
30秒だけ描くとか、構えずに鉛筆を持てるんです。今では心に留まった景色を目にすると、考えるよりも先にスケッチブックを開きます。
ーースケッチが収益につながることはあるのでしょうか?
ありません。
私は師匠のようにありたいと思っているので、師匠のしていたことをなぞっているだけです。
私の師匠だけでなく、中学時代の美術の先生も同じように毎日スケッチを描いていました。
ある時私はその先生に質問をしたことがあります。
「なぜ毎日スケッチを描くんですか?」
と。そうしたら先生は
「毎日描かないと気持ちが悪い」
とおっしゃっていました。有名になりたいからでもなく見返りを求めず自分の好きな絵を描いている。それはとても素晴らしいことだと思います。
若者に向けて
ーー20代の時にどんな悩みがありましたか?
それはやっぱり絵を描くことを職業にしていけるのかなという不安が大きかったです。
当時の私は、絵描きになってお金を稼ぎたい、有名になりたい、と上昇志向の塊でした。
ーー今ではお金や有名になることに関してどんな考えですか?
お金や名声に対する執着はあまりなくなりました。
当時は絶対にフェラーリに乗ってやるんだと思っていましたが、今は最低限生活できて、充実した生活を送ることができればいいと思うようになりました。絵を描いていることで他では味わうことのできない充実感を味わうことができます。
この充実感というのは私にとって富や名声には変え難いものがあります。
ーー牧野さんにとって仕事とはなんでしょうか?
私にとってのライスワークは、自分が好きなことをして生きるための環境整備のようなもの。
絵を描いて自分探しをすることが、ライフワークです。
ーー人生の中での失敗はありますか?
たくさんあります(笑)。
ーー失敗とはどうやって向き合ってきましたか?
人によるとは思うんですが私の場合は、失敗したら酒でも飲んで音楽聴いてねれば少しずつ薄れていきます。
どんなに辛かったり悲しかったりしても、毎日やらなければいけないことはあるわけで、そんな日常をこなしていく中で少しずつ忘れていきます。
ーー人生で出会ってよかった人はいますか?
私の師匠です。師匠はどんな人に言わせてもこれだけの人格者はいないと言われていました。
私ともとしが40歳くらいは歳が離れているのに、呼び捨てにはしないし、仕事の上でも自分の成果をひけらかすこともないし、
奢らず毎日スケッチをしていました。既に他界してしまっているのですが、亡くなってからまだなお学ぶことが多いです。
ーー「やりたいことがない」、「何をやったらいいのかわからない」と言う若者にはどんな言葉をかけますか?
今の時代は、情報量が多すぎるので、世の中の本当に良いものを見極めることが本当に難しいです。
アドバイスできることがあるとしたら、本当に良いものにたくさん触れることかと思います。
そういうものに触れると、自分の心が熱くなっていく感覚を得ることできます。
その中に自分の本当にやりたいことを見つけることや自分探しのヒントがあるのではないかと思います。
ーー好きなことを仕事にするコツを教えてください
とにかく好きなことがあるのであればとことんやること。
それがゲームであってもYoutubeであっても一緒です。
人生は一回しかないので好きなようにやれば良いんです。
でもほかの人に負けないくらいの努力をしないといけないかもしれませんね。
お金について
お金というのは絶対的なものであって、相対的なものではないということ。
自分にはお金がいくら必要なのかを考えて、そのお金を稼ぎながらあとは好きなことをしながら暮らしていければ良いと思います。
人間関係について
人間、合わない人は合わないので、私は基本的に近づかないようにしています。
どうしても必要なときはうまく流しています。
ーー最後にこの記事の読者に向けて送る言葉を教えてください。
「描く」ですね。皆さんにも自分と向き合える何かを探して欲しいです。
(有)牧野民芸店について
事業内容を教えてください
「ギャラリーまきの」という店名で実店舗とオンラインで木工品・美術品の販売を行っています。
事業にはどんな思いがありますか?
ギャラリーまきので販売している商品は百均に行けば簡単に手に入れることができます。
しかもうちで売っているものは百均と比べて10倍以上の値段がします。
重要なのはその値段がなぜ10倍以上違うのかということです。
そこには作り手がいて、長野県産の白樺の木を使って、その木を一年間乾かして、ろくろでひいて、手で彫って着色する。人が手作りをして、材料にも意味がある。その部分の人の手で作った物の良さや価値を知ってもらいたいです。
単純に考えたら、絵も工芸品も物質的な価値の話をしたら人が作ろうが機械で大量生産されようが変わりません。
でも、人が造ったものの温もりや、それが与えてくれる癒やしの価値を伝えてゆきたい。
そんな気持ちでギャラリーまきのを運営しています。